kenanのブログ

闘病生活

サツマイモを収穫しました。

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今年は秋の長雨があり掘り終わりが遅くなってしまいましたが12月の干し芋加工までサツマイモ様には熟成して頂きます。

Goならわかるシステムプログラミングを買った

この連載を書籍にまとめた物だったと買った後になってから気づいた。

ASCII.jp:Goならわかるシステムプログラミング

『Goならわかるシステムプログラミング』 – 技術書出版と販売のラムダノート

しかし、章ごとにおまけの問題集も付いてくるし勉強したい人には書籍を買ってもいいと思う。お布施の意味も含めて。

1章は環境構築やデバッガーの使い方で終わり2章から出力関連の内容に入っていく。

環境を整備する時に詰まったので以下を参考にした。

qiita.com

Goの文法など基礎的な話は全くなく、プログラミング経験が多少ある人ならば雰囲気でなんとなく何をやっているか理解できることを前提としている。 何日かかけて3章の入力関連の章まで読み終えたが、とりあえず概念を説明して物作りをさせて覚えて貰おうというスタイルらしく、今まで読んだだけでコードを書いてこなかった私にはちょうど良いバランスに感じます。

とりあえず章末の問題の自分の答えなど載せつつ読み進めていきたい。

苗は根付きました。

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 今年購入した紅はるか苗の9割ぐらいは無事に根付いたようです。

苗代が1500本で4万円弱したので人気にあやかって値上げしすぎだろうと感じました。

これから秋まで除草作業が続きます。

 

耕起作業開始

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今年はこの畑も新たに追加してサツマイモを栽培していきます。

苗は1500本程を予定。苗屋さんに予約を入れたけど今年の相場がまだ出ていないそうでいくらになるか不安です。

サツマイモの苗とかビニールハウスで栽培するでしょうに、気候の影響とかあまりうけないと思うのですが値段がまだ決まって無いというのも不思議な話ですね。

参考までに、去年は50本が1100円ぐらいでした。

 

退職しました

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2015年から勤めていたソフトウェア開発会社を退職しました。

4月からは趣味の干し芋加工の活動をしていこうと思います。

なんでやめるの?

人間関係が合わなかった。

体調を崩して安定して仕事が出来なかった。

もう働かないの?

病気が寛解したら会社員として働くことも考えたいと思います。現在の所ソフトウェア開発方面で就職することは考えていません。

社会復帰にいたるまで Part2

Part1から半年が経過してしまいました。

その後、農業を辞めIT業界に戻ってから現在までの話でも簡単に流していきたいです。

腰を痛めて肉体労働を辞めようと思った僕はやはり厳しい天候に左右されないデスクワークに就きたいと考え、過去のプログラミングの経験を頼りにIT業界に再び戻ろうと考えました。

地元茨城ではあまりIT業界でどのような仕事があるのか、あまり想像できませんでしたがハローワークにある業務内容を頼りになんとか採用を頂くことが出来ました。

そこでは半年ほど勤務しました。開発案件を抱えている大きい会社に出向して常駐開発する感じでした。 不透明な仕様や設計・コーディングやテストを乗り越え納品直前に大坂へ完成したアプリを導入し、現地での運用切り替えをするなど、かつて無い経験をすることが出来ました。 現地の導入先職員の方々にも始めのころは厳しい対応でしたが、真摯な対応をすれば気持ちは伝わるのか次第に親切にしていただけました。 今思えばそのまま働いていても良かったかも知れませんが、茨城の破滅した開発スケジュールにうんざりしたのですぐ辞めて閉まったのは今となっては勿体なかったかもしれません。

その後、新世界を求め僕は東京の友人の紹介で広告代理店のような会社で版権ビジネスに関わる仕事を始めましたが、都内での一人暮らしと新しい会社、さらには未経験の職種という3つの要素もあいまって精神に負担が大きく半年ほどで実家に帰ることになりました。 実家に帰ることになった原因の1つとして体調の悪化がありますが、原因の9割ぐらいをしめる要員となったのは金銭的な問題でしょう。 後々の計算で半年で100万ぐらい支出していたことが判明しました。なぜこんな高額の支出があったのかあまり記憶にはありません。 紛失した記憶もなければ寄付した記憶もないし、キャバクラとか行った記憶もないので単純に消費したのでしょう。

友人にいろいろ相談した結果、それは病気なのだと指摘されたので、改善するまで両親に指導されながら金銭感覚を取り戻していきたいと思います。 30歳も到来して独身の小遣い制度の始まりです。

実家に戻った僕は、茨城で開発業務をしていた際に知り合った方の会社で現在お世話になり、再度客先常駐の派遣開発業務を行っておりますが死ぬほど働け。働いた分が評価に繋がる。リタイアするようならボコボコにしてやる。という叱咤激励を頂き、ほどほど相手の会社の社風を取り入れながらも自分のペースで働くということを守りながら自分の借金や両親の退職後の生活を支えつつ、将来始めるであろう干し芋業への貯蓄を殖やしていこうと考えています。

ここまでの経験の中で一番精神が安定していたのは農業だったので、うつ病で辛い中デスクワークをして長時間残業したりしている人がもしいたら、思い切って退職して農業の仕事を1年ぐらい体験してみると体調はかなり改善されるしチャレンジしてみることをオススメします。

駆け足でしたが、2010年の発病から2015年の終わりまでには激務のコンピューター開発のお仕事に復帰できるまでに体調が回復しつつあるので、もし体調を崩されて仕事がしたいけど中々仕事に復帰する体調にならない。と考えている方の希望的なものになればと思います。

社会復帰にいたるまでPart1

2012年の9月からだいぶ時間は経ちました。 その後僕がどのような生活を送って仕事をなんとかできるようになっていったのか、軽く話をしたいと思います。

心身ともに底辺に落ちた状態ではありましたが、その後僕はゲームセンターに勤務しました。 1日8時間お客様の使用した筐体を掃除して、常に快適な環境を維持し居心地の良い空間を提供するというものです。 1日8時間のうち1時間は休憩がありますが、7時間中80%ぐらいは歩き続けていました。 体重も8kgぐらい減少して、ゲームセンターという閉鎖されていたと感じたコミュニティへも入れたと感じました。

ただ、1つミスをしたことにより、僕は店の信用を大きく下げる。という指摘をされ、自己都合で退職しろ。とミスをした翌日に辞めさせられました。 その1つのミスがない状態でも小さなミスは多数ありましたが、サービス業として店の信用を下げる行為に値するものは許されなかったようです。

その後、仕事も見つからず1ヶ月半ほど、ぶらぶらしてお金も尽きはじめたころ近所の干し芋農家から人員募集のチラシがありったので思わず飛びつきました。 なんと1日8時間も働けるのです。時給は800円。

そこらのコンビニより健康的でよい賃金だと思って1年半ぐらい働きました。 そこには、出稼ぎにきた中国人やら、年金暮らしのご年配の方々が多数いて若い僕はちやほやされると共に力仕事を任されることも多くわりと信頼を得ることが出来て、良い環境で働けたと思います。 中国人も出稼ぎ、ということもあり日本の最新電子機器に興味津々で僕が使ってるiPhoneとかノートパソコンやネットワークゲームについてよく話をしました。

ただ、経営者の方々はそういった知識を与えることをよく思っていないらしく、よけいな知識を与えるとネットで連絡を取り合った仲間と反乱を起こす。夜逃げされる。などと僕たちにあまり仲良くするな。と厳しく言いつけたりすることも何回かありました。

ただ、その問題については経営者の不当な賃金未払いと長時間労働の影響が殆どでしょう。 そういえば、茨城では賃金未払いと過酷な労働が重なった結果外国人研修生が暴動を起こしたり、殺傷事件があったり、県から指導が入って研修生の受け入れをしばらく禁止するようになったみたいですね。 まあ、妥当な判断かと思います。 そんなこんなで、そこそこ楽しく働いていた干し芋農家ですが、1年も過ぎた当たりで腰痛がひどくなり病院に行って診察をしてきました。 すると、お医者様に「このペースで仕事してたらあと10年で腰はダメになるねぇ・・・」というなんとも辛い言葉。。。

分からない人に簡単に説明すると。 干し芋の加工には、栽培のために、東京ドーム7個分の畑に手で苗を植え続ける作業と、その畑を除草する作業。収穫時に2~5kgぐらいまでふくれあがった干し芋を収穫する作業。収穫した芋をコンテナ(1つあたり15kg)積み上げる作業。加工時にはそれを毎日1トンほど消化する作業。などなど超重量を運搬し、腰に負荷をかけ続ける作業が存在するのです。 などという作業をたった1年やっただけで余命10年とか言われたので、僕は今年で干し芋農家は辞めようと思いました。 このような力仕事は、最低限のことだけ人間がやってできるだけ機械にやらせないと仕事ができる人がいなくなって消滅すると感じたからです。

ただ、干し芋農家に入って1つだけ収穫があったのは、地域の干し芋の品質は非常に高いこと。うまい干し芋屋を何件かピックアップ出来たこと。自分で作った干し芋が他者から高い評価を受けることが出来たことです。

僕は仕事がなくなったら贅沢はできないけど食べていける。程度に干し芋業に専念して小銭を稼ぎたいと思いました。

ちなみに、ゲーセン勤務の時はメンヘラ感がだいぶ出てましたが、1日8時間の歩き仕事の影響か体重がかなり減って肥満によるストレスはだいぶ減った気がします。 続けて農業の際も、朝起きて夕方には帰れる。という仕事と肉体労働・多くの人と会話を中心としたコミュニケーションが必要ということもあり、精神的にはだいぶ回復していたと思います。 ただ、最終的に経営者の経営方針が僕の性格と合わなかったので辞めることにはなりましたが・・・。

まあPart1はこんな感じで、農業を体験するのはうつ病に効果的。というのは身をもって体験することが出来たので大変良かったと思います。

Part2は農業からIT業界に戻った話でもしたいと思っています。