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kenanのブログ

闘病生活

社会復帰にいたるまでPart1

2012年の9月からだいぶ時間は経ちました。 その後僕がどのような生活を送って仕事をなんとかできるようになっていったのか、軽く話をしたいと思います。

心身ともに底辺に落ちた状態ではありましたが、その後僕はゲームセンターに勤務しました。 1日8時間お客様の使用した筐体を掃除して、常に快適な環境を維持し居心地の良い空間を提供するというものです。 1日8時間のうち1時間は休憩がありますが、7時間中80%ぐらいは歩き続けていました。 体重も8kgぐらい減少して、ゲームセンターという閉鎖されていたと感じたコミュニティへも入れたと感じました。

ただ、1つミスをしたことにより、僕は店の信用を大きく下げる。という指摘をされ、自己都合で退職しろ。とミスをした翌日に辞めさせられました。 その1つのミスがない状態でも小さなミスは多数ありましたが、サービス業として店の信用を下げる行為に値するものは許されなかったようです。

その後、仕事も見つからず1ヶ月半ほど、ぶらぶらしてお金も尽きはじめたころ近所の干し芋農家から人員募集のチラシがありったので思わず飛びつきました。 なんと1日8時間も働けるのです。時給は800円。

そこらのコンビニより健康的でよい賃金だと思って1年半ぐらい働きました。 そこには、出稼ぎにきた中国人やら、年金暮らしのご年配の方々が多数いて若い僕はちやほやされると共に力仕事を任されることも多くわりと信頼を得ることが出来て、良い環境で働けたと思います。 中国人も出稼ぎ、ということもあり日本の最新電子機器に興味津々で僕が使ってるiPhoneとかノートパソコンやネットワークゲームについてよく話をしました。

ただ、経営者の方々はそういった知識を与えることをよく思っていないらしく、よけいな知識を与えるとネットで連絡を取り合った仲間と反乱を起こす。夜逃げされる。などと僕たちにあまり仲良くするな。と厳しく言いつけたりすることも何回かありました。

ただ、その問題については経営者の不当な賃金未払いと長時間労働の影響が殆どでしょう。 そういえば、茨城では賃金未払いと過酷な労働が重なった結果外国人研修生が暴動を起こしたり、殺傷事件があったり、県から指導が入って研修生の受け入れをしばらく禁止するようになったみたいですね。 まあ、妥当な判断かと思います。 そんなこんなで、そこそこ楽しく働いていた干し芋農家ですが、1年も過ぎた当たりで腰痛がひどくなり病院に行って診察をしてきました。 すると、お医者様に「このペースで仕事してたらあと10年で腰はダメになるねぇ・・・」というなんとも辛い言葉。。。

分からない人に簡単に説明すると。 干し芋の加工には、栽培のために、東京ドーム7個分の畑に手で苗を植え続ける作業と、その畑を除草する作業。収穫時に2~5kgぐらいまでふくれあがった干し芋を収穫する作業。収穫した芋をコンテナ(1つあたり15kg)積み上げる作業。加工時にはそれを毎日1トンほど消化する作業。などなど超重量を運搬し、腰に負荷をかけ続ける作業が存在するのです。 などという作業をたった1年やっただけで余命10年とか言われたので、僕は今年で干し芋農家は辞めようと思いました。 このような力仕事は、最低限のことだけ人間がやってできるだけ機械にやらせないと仕事ができる人がいなくなって消滅すると感じたからです。

ただ、干し芋農家に入って1つだけ収穫があったのは、地域の干し芋の品質は非常に高いこと。うまい干し芋屋を何件かピックアップ出来たこと。自分で作った干し芋が他者から高い評価を受けることが出来たことです。

僕は仕事がなくなったら贅沢はできないけど食べていける。程度に干し芋業に専念して小銭を稼ぎたいと思いました。

ちなみに、ゲーセン勤務の時はメンヘラ感がだいぶ出てましたが、1日8時間の歩き仕事の影響か体重がかなり減って肥満によるストレスはだいぶ減った気がします。 続けて農業の際も、朝起きて夕方には帰れる。という仕事と肉体労働・多くの人と会話を中心としたコミュニケーションが必要ということもあり、精神的にはだいぶ回復していたと思います。 ただ、最終的に経営者の経営方針が僕の性格と合わなかったので辞めることにはなりましたが・・・。

まあPart1はこんな感じで、農業を体験するのはうつ病に効果的。というのは身をもって体験することが出来たので大変良かったと思います。

Part2は農業からIT業界に戻った話でもしたいと思っています。